清水寺からねねの道を通って高台寺への参詣もおすすめです!

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秀吉の正妻・北政所の想いのつまった高台寺

 

 

 

こんにちは!Tatyです。

 

「厳寒の京都大阪を行く」の思い出のスポットを綴っていっておりまして…。

といっても、どこもよかったんですよね。

 

今回の京都。

 

めちゃめちゃ寒かったんですが、はじめてのひとり旅での京都。

やっぱり、いいでですね。ひとり旅って。

 

もちろん友人や家族との旅行もいいんですが…

「自分のわがままを自分で聞いてやる」っていうひとり旅

ホント思い出の旅になりました。

 

そんな、京都訪問で一番印書に残ったスポットが今回紹介させていただきます「高台寺」

 

高台寺内の各施設にはスタッフさんも詰めておられていて観光客の質問にも丁寧に応えていらっしゃいました。

「ねねのお寺」らしく、スタッフの方も皆さん女性でいらっしゃって高台寺のキーワード「女性らしさを感じるお寺」という空気をふんだんに感じました。

 

はじめての高台寺への参詣

どうしても清水寺に行って二年坂・三年坂と通ると「京都エキス」はフル充電!歴史マニアか神社・仏閣通でもない限り、これ以上の「京都エキス」注入はレッドゾーン。

 

そんな東山界隈の観光を何度も経て、今回は清水寺→二年坂→三年坂→ねねの道→高台寺というレッドゾーン、ビンビンの観光をしてまいりました。

 

 

高台寺の創建は1606年

関ヶ原の動乱も終わり、世も落ち着きはじめた頃

高台寺の創建は1606年。天下分け目の関ヶ原が終わって約6年後ですね。

司馬遼太郎の「関ヶ原」などでもよく目にする「関ヶ原前夜」

東西の豊臣恩顧の諸将がこぞって高台院を訪ねるシーンの舞台はここ、高台寺ではなく「京都新城」と言われる別の場所。

 

 

「高台寺」と「高台院」は別?

ちなみに「高台院」と「高台寺」は全く別物。

 

「高台院」といえば「ねね」→「北政所」→「高台院」の豊臣秀吉の正妻の「高台院」その人を指します。

一方、高台寺はその高台院が創建した寺院の名前。微妙に違うので注意が必要ですね。

 

高台院のお住まいはふもとの塔頭・圓徳院

もうひとつ、僕が勝手な思い込みで勘違いしていたのが高台院の住処。

てっきり高台寺の創建後は、この高台寺に住み込んで秀吉の菩提を弔う暮らしをしたものと思い込んでいましたが、京都新城を引き払った後は、のちに「圓徳院」と呼ばれるようになった高台院のふもとの広大な敷地に住んでいたとの事でした。

これらの情報はすべて高台寺のスタッフさんに丁寧に教えていただきました。

なかなかないですよ。こんなに気軽に、しかも丁寧な解説をしていただける神社仏閣って。

 

亡き夫への想いがあふれています

ここ高台寺の創建の主旨が「亡き夫、秀吉の菩提を弔う」ためにお寺。その創建の主旨のとおりいたるところに女性らしい嫋やかさを感じました。

 

 

おもな見どころ

創建当時から残る建物も開山堂や霊屋(おたまや)、その他にも傘亭の茶室など、数多く残っておりそれぞれ重要文化財に指定されています。

 

 

主な建物は?

重要文化財:開山堂(かいさんどう)・霊屋(おたまや)・観月台・表門・傘亭・時雨亭など

その他の主な建築物:方丈・書院・臥龍廊・遺芳庵など

 

 

最後に通る「竹林」も写真におさめたい場所

順路の最終盤に通るのが竹林。

なかなかの竹林でそのうっそうとした雰囲気が京都らしさをいっそう醸し出す装置になっていいます。この日も熱心に写真におさめている観光客がおられました。

 

 

高台寺のまとめ

・高台寺のスタッフさんの丁寧な解説にもほっこりできるめずらしいお寺

・禅宗(臨済宗建仁寺派)のお寺であり派手さはないものの落ち着けるお寺

・近隣の清水寺などの陰に隠れた観光スポットの印象でしたが「ねねの道」も整備され人気も上昇中?

 

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